本日は、梅雨の晴れ間となりましたね。とってもいい天気で気持ちが良かったです。そこで、実家に行ってまいりました。車で1時間半くらいの他県に住んでいます。

父親は一昨年に脳梗塞をおこしました。以前から兆候はあったのですが、もともとは丈夫な人なので過信していたのでしょうね。ずいぶん無理してよく働いていたから・・。あとから知ったのですが、若いころに高血圧で医師から注意するよう言われていたのだとか。やはりね。何かしらの原因があると思っていたけど。

昔は、よく働いたけど酒もよく飲んでいたっけ。私が運転免許を取得して車に乗れるようになると、時々ヨッパとなり、迎えに行かされていました。「おれの娘が迎えに来た」とそれはもう上機嫌でした。私にしてみれば酒臭いオヤジが嫌でたまらなかったけど、父としては嬉しかったんだろうなあ。ま、こんなビジンな若い娘が行けば、他のオヤジたちもブイブイ言ってたもんだけどね。イヒヒ・・昔はね。

仕事がつまっている時は眉間にしわを寄せて、「忙しい、忙しい」が口癖でした。若いころは地元でも有名な鉄道マンだったんです。母は父の制服姿に一目ぼれしたとか。カッコよかったですからね。でも、定年退職が見えてきたころ、早期退職をして自営業を始めたのでした。今でいう「脱サラ」ですね。仕事をしながら、国家資格(電気工事士)を取得するために、必死で勉強していた姿が思い出されます。仕事が軌道に乗るまで、会社に勤めながら休日は電気工事の見習いをしていました。文字通り休みなしの生活でした。
今思うと、ものすご~いパワーだったなあ。

本来なら、定年を迎えて隠居としてのんびりと妻につまはじき(オヤジのダジャレか!)されつつ、暇な日々を送るところなのに、父は多忙をきわめていました。75歳をすぎたころまでずっと現役だったようです。
人によってはとても老けてしまう年齢だけど、とっても元気でした。でも、そのころから病魔は少しずつ忍び寄っていたようです。

80の声をとうに聞いた今では、すっかり「おじいちゃん」になってしまいました。麻痺も残っているので、立ちあがるのも一苦労。杖をつきながら、ゆっくりと歩きます。それでも向学心は人一倍旺盛で、昨年からパソコンを始めたのです。先生であるキムさんがゆっくりと指導しながら・・。最近ではメールを始めました。最初はクイズでも出してるのかと思うほど、難解で意味不明な文章でしたけど、このごろは読めるようになりました。すごい進歩だと思います。今ではパソコンが面白くて仕方がない様子。私もなるべく毎日メールをしようと努めているけど、父の熱心さには完敗です。ある意味神々しいかんじの柔和な顔つきに変化してきました。きっと天国が近づいているのだろうなあって思います。それが数年後かもっと先になるか、誰にも予測はできないけれど・・・

そんな父に寄り添って、日々を楽しげに暮らしている母も素晴らしいなと思います。夫婦というより、まさに「つがい」ってかんじ。お互いを必要として慈しみ、支えあってるって。しかし、この母はどういう人なのかよくわからないときもあります。きっと血液型がABなので、色んな面を併せ持っているからなのでしょうか・・?良妻賢母的な顔をするときもあれば、派手な着物を身にまとい舞台で舞うことも・・(私も似たようなものか?)。人付き合いが上手く、商売が似あっているオカアチャンでもあります。ようするに「じゃじゃ馬」であろうか・・?誰かに言われたことがあったなあ・・私とキムちゃんが「じゃじゃ馬」だって・・。
へその緒からじゃじゃ馬菌を送りこんできたのかも!

この年になってもなお、そんな老親に甘えている私もなんだかなあってかんじがします。母の手作りの料理で上げ膳据え膳・・・「アイスが食べたい」と駄々をこね・・たらふく食べて昼寝して・・。二人が向こうにいってしまったら、甘える所がなくなって子供のような泣きじゃくるのかしら・・



スポンサーサイト
2010.06.24 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://mekuphiro627.blog20.fc2.com/tb.php/36-fd8d8d32