未亡人

実家に行った。
夫を亡くした母は元気がない。
朝起きると、父の仏壇に向かって
「お父さん、おはよう。今日も一日無事にすごせますように」
とお線香をあげるのだという。
夜になり、寝ることになると仏壇に向かって
「お父さん、今日も何事もなく過ぎましたよ、ありがとう」
とお線香をあげる。
自然に声に出して言ってしまうのだと言う。

仲良しだったからねえ。
いつも一緒だったもの。

「お父さんとはお見合いでね・・」
大昔の出会いの頃の話から始まった。

初めて会った時、優しそうな顔した男性だなあと思ったと言う。
好きとかキライとかいう感情はなかったけれど
嫁に欲しいと言われて、言われるままに祝言をあげた。
今で言うレストランのような場所を借りようとしたけれど
とても高いつくので、自宅を少し改造してそこで行なったのだとか。

新居は風呂がないので
近所にある親戚の家を転々ともらい風呂をした。
大家族が入った後の湯は濁って少なかったけれど
汗を流せるのはありがたかった。

なかなか子供が授からなかったので
親戚の人が、自分の子供を母に預けようかと提案したという。
子供のいる生活が刺激となり、胎児になる子が焼きもちを焼くから
妊娠するのだという言われがあるらしい。
でも、その後すぐに私が宿った。
結婚3年後のことだったというから
まだまだ不妊というほどの話じゃないよね。

私が1歳を過ぎた頃に、実家の家が建った。
土地を手に入れ、大工の祖父(母の父)が格安で建ててくれたのだとか。
親はありがたいねぇ。
今でも夢に見るのは、その家だ。
私が生まれ育った家。
今はないけれど。

そんな話を聞いてたら、なんだか涙が出てきた。
自分は両親に望まれて産まれ、大事にされてきたんだなあって。

残った母を大事にしていこう。
ただ、出向いて話をするだけでもいいから。
今日はずっと話していて、母もリフレッシュできたことだろう。

スポンサーサイト

コメント

私はひろの涙を見たことがない。
私は泣き虫でいつもビービー泣いてるけど(/ω\)

母のこと、いつも気にかけてるよ。
大事にしていこうね。

私らよりも半回り上のお歳かもしれませんが、
似たような新婚時代を過ごしました。
社宅に風呂がなくて銭湯通い、神田川を聴くと思い出します。
お1人暮らしは寂しいでしょうが、年月が癒してくれるしかありません。

でも母娘の親子はいいですね。
出来るだけお会いしに行ってあげましょう。

きむさん
それがね。
父の葬儀のときはにじむ程度の涙だったのに
勤め先でお年寄りが亡くなって霊柩車を見送る時、
急に父の姿がフラッシュバックして
涙がポロポロ止まらなくなってしまったのですわ。
不思議だね。

ottchさん
今のように、ボタンひとつで風呂が沸き
シャワーやら暖房などの色んな機能があるなんて
その頃の人たちは思いもしなかったことでしょうね。
私たちが子供の頃は、薪風呂でしたもん。
父が鉄道マンだったので、線路に敷いた不要の薪を
たくさんもらえたらしく、家の裏には薪が積んで
ありましたね。
今から50年先の日本はどんなかんじなんでしょうね。
母というのは、父よりもはるかに身近な存在ですね。
特に娘にとっては出産、育児の手伝いもしてもらい
たくさんの恩があるものです。
母が亡くなったら、もっとダメージが強いと思います。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)