切ないその2

今朝、訃報が入った。
昨年末からがんを患っていた義理の叔母が亡くなった。

私にとっては義母の妹さん。
夫の両親と同居していた時には
よく遊びに来てくれた。
いつもにこにこしていて
明るくおしゃべりで可愛らしい人だった。

叔母自身も「嫁」の身だったこともあり
私のことを気にかけて、よくしてくれた。
だから、義理関係とはいえ、大好きだった。

私の子供たちを可愛がってくれた。
何かと話しかけて褒めてくれたのだった。
些細な普通のことなのに
「そうなんだ、頑張ってるね。良かったねぇ」
と一緒に喜んでくれていた。

ウチのマ~ゴもとてもかわいがってくれて
会えば必ず小遣いを持たせてくれたのだ。
昨年末、入院先に面会に行くと
ごそごそ財布を取り出して悲しげな表情をしている。
「小遣いをやりたいんだけど、大きなお札しかない。
これでジュースでも買ってやって」
とありったけの小銭を手している。
体も辛いだろうに、そんな気遣いをしてくれるのだった。

体調に異変を感じたのは、昨年の秋ごろだったと言う。
あちこちの病院を梯子して、やっと診断がついたときには
がんが全身に転移して、手遅れだったのだとか。
まだ70歳。
進行も早かったのだろう。

気休めのような形で始まった放射線治療。
おう吐や発熱などの副作用に苦しんだと言う。

そして12月、余命1月と宣告された。
異変を感じてから、わずか3~4か月のことである。
周りの親族たちはショックを隠しきれなかったであろう。
義母も沈痛な思いを話してくれていた。

お正月が過ぎ、治療の継続を中止。
寛解期を迎え、健常の時と変わりない症状になった。
退院し、家で過ごす。
叔母にとって、もっとも幸せで嬉しかったに違いない。

「退院したよ。食欲も少しずつ出てきたし
今日は体調がいいからと笑顔だった」
と義母から電話をもらったときは嬉しかった。
それが最期の奇跡だとしても。

余命1月が過ぎ、2月に入った。
どうしているだろうかと案じていた。

数日前に義母から連絡があり、再入院したという。
意識があるうちにと親族一同が面会した。
「ねえちゃん、世話かけたね。ありがとう」
と握手をして別れてきたのだろ言う。
死期を悟っていたのだろうか。
その後、昏睡状態となり
今朝、眠るように旅立った。
ただただ、冥福を祈るばかりである。

誰でも必ず訪れるその時。
私にはどんなふうに来るのかな。
まだまだ先かもしれないし
もしかすると急かもしれない。

一日、一日を大事にしていこう。
健康で自由で、やりたいことができる。
こんな幸せなことはないと思う。
改めて感謝しなくてはね。



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コメント

良い人は薄命だね・・・

わたあめさん
私も薄命かもしれないと、不安です・・・

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